ヴァルモン子爵と危険な関係に迫る~仮面のロマネスク、再演


こんにちは、鏡です。

今回は花組全国ツアーで再演の決まった『仮面のロマネスク』と、その原作である『危険な関係』について書いていこうと思います。

原作のヴァルモン子爵は一味違う

まずは原作の魅力に迫ります。多くのネタバレを含みますのでご注意ください。

原作は18世紀の仏小説、ラクロ作『危険な関係』。

華々しい社交界における男女の駆け引きを巧みな心理描写をもって綴った名作です。漫画のほか、映画、舞台、ドラマなど、国を越えて数多くの実写化がなされています。

美貌、それはまったく偶然の結果ですし、優雅な身のこなしも世慣れてくればたいてい身につくものです。
いかにも頓智はおありですが、いざとなれば頓智はなくとも粋語を使えば間に合います。
厚かましいところはあっぱれですが、これもまったく最初のうち難なく成功なさったおかげでしょう。
―ラクロ作・伊吹武彦訳『危険な関係(上)』岩波文庫より引用。

以上はメルトゥイユ侯爵夫人がヴァルモン子爵に宛てた手紙の一節で、プライドを競い合っていたからこその、皮肉めいた物言いです。

没落した家名を身一つで立て直したほどですから、実のところはメルトゥイユが言うより悪知恵がはたらくでしょう。

人好きのする美貌の青年貴族。それがヴァルモンの魅力であり、女を堕落させる武器でもあります。

ただの色狂いではない?

彼の女遊びは、一種の自由主義(=リベラリズム)に則ったものでした。これは17世紀ごろから広まった思想で、ここでは放蕩者だとか不信心者を指します。

彼だけでなく、メルトゥイユ侯爵夫人も同じ主義思想の持ち主です。

『危険な関係』は、そんな二人のリベルタンが中心の物語ですが、話の終盤になると、当の本人たちも自身らのアイデンティティと相反する恋愛感情に雁字搦めとなって足場を崩して行くのですから、まあ、なんとも皮肉なものです。

道を外れていくリベルタン

新たな標的として、今までの手管がほとんど通用しないトゥールベル夫人を我が腕に抱かんとする子爵ですが、そもそも彼女に固執する理由はいったい何だったのでしょうか。

容易になびく女は他にも多く居るはずです。目をつけた当初は例外とまで行かず「今度は少し手こずるだろうか?」程度の認識だったのかもしれません。

その上、うまくいけば恋(偽りではあれど)によって彼女を手に入れた男は後にも先にも自分だけとなるのですから、放蕩思想を囲うリベルタンにとってこの上ない名誉となるでしょう。

しかし予想外に法院長夫人へ惹かれてしまったヴァルモンは、ただ女を征服し捨て去ることに逸楽を感じるべき己の主義を外れて、向こうから身を投げ掛けてこなければ自分が幸福を覚えることはできないと言い出すようになります。

ほとんど恋心に思えるこの心情を「青春の楽しい幻を返してくれた」と表現するヴァルモンですが、メルトゥイユからしてみれば「不本意ながら恋をしてしまった」と白状しているも同然ですよね。

征服して捨て去るべき相手に恋を感じるのはリベルタンとしての主義に反することです。ですから、いくらそのことをメルトゥイユに指摘されても自分では意地でも認めようとしません。

そして報復合戦へ

そんな彼を見かねて、というより女として法院長夫人に負けたことが我慢ならなかったメルトゥイユはヴァルモンに、彼女を完全に捨て去ることを求め、その報酬として自分自身を提案します。

リベルタンとしてのプライドを捨てきれなかったヴァルモンは挑発とも取れる誘いに乗り、法院長夫人を捨て去って約束通りの報酬を侯爵夫人に求めますが、彼女には寄りを戻す気など無かったどころか、ダンスニーを新たな情人として楽しんでいる始末でした。

自分には恋人を捨てろと言いながら約束を違えて男を囲っている侯爵夫人に復讐心を燃やしたヴァルモンは、彼女に惑わされているダンスニー騎士にセシル嬢のことを思い出させます。

メルトゥイユとヴァルモンの報復合戦に於てこれが最後の火種となりました。

せっかくの楽しみを奪われた侯爵夫人は、ヴァルモン子爵がセシルを奪った一件を遂にダンスニーへ暴露してしまいます。

復讐に駆られた侯爵夫人は、互いに二人だけの秘密としていた暗黙の了解を自ら反故にしてしまったのです。

約束を蔑ろにされたヴァルモンはダンスニーから申し込まれた決闘で交わした白刃に致命傷を受け、いまわの際、侯爵夫人の悪行を彼へ懺悔して息を引き取りました。

本性をバラされたメルトゥイユが、そののち社交界を逐われたことは言うまでもありません。

恋を捨てた報いと、見えてくる新たな魅力

ここで一つ疑問が残ります。

そもそも、セシルの一件はすべてメルトゥイユの策略ですから、ヴァルモンは決闘を申し込まれた時点でダンスニーに弁明できたはずです。

そうしなかったのは何故でしょう?

書簡集の日付を追うと、ヴァルモンはトゥールベル夫人の気がかなり病んでしまっていることを決闘前夜に知ったと推察されます。

彼女のことを忘れ切れず、関係修復のための相談と仲裁をヴォランジュ夫人へ頼んでいたのです。

ヴァルモンからヴォランジュ夫人へ送られた手紙の内容は未掲載なものの、ヴォランジュ夫人からはその様子を「ヴァルモンさまのこの悲しみ方をなんとお考えあそばします?」と表現されています。

多分、このやりとりで夫人の容態を知ったのでしょう。修道院へ入ったことは承知していても心神喪失状態にあるとまでは考えていなかったはずです。

本文中に描写がないため私の勝手な憶測となりますが、もはや自分の手に幸福が戻らないと確信し、絶望したヴァルモンはメルトゥイユへの報復準備を整えた上で、この決闘で自死する算段だったのではと、私にはそう思われます。

そうしてヴァルモンが逝去したあとには、周囲の人間が噂する言葉に彼の死を悟ったトゥールベル夫人もその後を追うように息を引き取ります。

恋に焦がれたリベルタンはアイデンティティとも言える己の快楽主義もろとも、その命を散らしたのでした。あれほど忌み嫌っていた恋に自身が苦しみ、死んでいくことになったのです。

主義を外れて感情的になった彼が何とも人間くさく思えて、私の目には更に魅力的に映りました。

宝塚版初代ヴァルモン子爵、高嶺ふぶき

さて、宝塚歌劇『仮面のロマネスク』は当時の雪組トップスター、高嶺ふぶきさんの退団公演として1997年に初演が行われました。

100年以上続く宝塚歌劇団ですが、目を見るだけでこれほどまでに「ヤバい」と感じる男役さんは他に居ません。

格好よくて色気があって、気品を持ち合わせた男役さんは沢山いらっしゃいますが、高嶺さんの場合は脳がざわつく感じです。

なんてったって雪組生ですから少し硬派なイメージで、舞台化粧を落とした素顔はフェアリー系といった顔立ちのユキさん。

ですが、さわやかな素顔とは打って変わって、化粧での化け方がすごいんです。

目元の描き方なんて特に、手先が器用じゃなきゃあんなに描き込めないと思います。どれだけアップで見ても美しいです。

と、ユキさんについて語りだすと止まらないので、また別の機会に綴ることにしますね。

大空祐飛のプレサヨナラ公演でもある

2012年には大空祐飛さんを主演として宙組で再演されました。もちろん主人公は美貌の青年貴族・ヴァルモン子爵。情熱的な高嶺さんの子爵とは違い、涼しげな印象が強かったです。

元より持ち合わせている毒のある色気と艶を遺憾なく発揮して、退団公演に相応しく好演した高嶺ヴァルモンと、涼しげな目元に蛇のごとき妖しさを漂わせて、クールで知的な雰囲気を纏った大空ヴァルモン。

そして本家本元、原作のヴァルモン子爵。

好みは人それぞれですが、違ったタイプの主人公を見られて、興味深い作品ですね。

三度目の上演!

そして2016年に、みたび花組で上演されます。主演は明日海りおさん。前述の二人とは持ち味の全く違う明日海さんがどういった演じ方をしてくださるのか今から楽しみです。

2016年、行ってきました。

再演の続く仮面のロマネスク、演出についての考察~2016花全ツ

2016.10.01

2017年春の全国ツアー公演も観に行ってきました。

花組『仮面のロマネスク/EXCITER!!2017』千秋楽感想

2017.04.11

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ひたすら90年代の宝塚歌劇を愛する。文章を書くのが好きな20代。身体は女性、性自認は中性なXジェンダー。恋愛対象は女性です。パニック障害とうつ病を克服中。